『介護職のための完全拘縮ケアマニュアル』第1回では、「正しい姿勢・ポジショニング」の重要性を解説しました。
その「正しい姿勢・ポジショニング」をきちんと行うために習得すべきスキルがあります。
それは「関節の動かし方」。
たとえ正しいポジショニングをしても、関節の動かし方を間違ってしまうと拘縮ケアの効果はありません。
なぜなら、不適切な方法で関節を動かすと痛みを与えるため、筋肉が緊張して拘縮が進んでしまうからです。
そこで、拘縮ケア連載企画の第2回では、利用者に痛みを与えずに介護がラクになるとっておきの関節の動かし方を紹介します!
オムツ交換や更衣介助など、日常的な介護シーンで知りたい「わき・指・ひざ」を開く方法なので、ぜひ参考にしてみてください!
解説するのは、「介護に役立つ! 写真でわかる拘縮ケア」の監修を務め、全国の研修会や講習会で講師も行っている理学療法士・田中義行先生です。
【解説者プロフィール】
株式会社大起エンゼルヘルプ
理学療法士 田中義行先生
上川病院勤務、江戸川医療専門学校(現東京リハビリテーション専門学校)講師、介護老人保健施設 港南あおぞら勤務を経て、現職に至る。
認知症患者の身体拘束廃止活動を原点とし、現在は、障害者の身体構造・生理にかなった介護法や拘縮を防ぐ介護技術を全国の研修会・講演会で伝え、現場での指導に力を入れている。
著書・監修書に『潜在力を引き出す介助 あなたの介護を劇的に変える新しい技術』(中法法規出版)、『これから介護を始める人が知っておきたい介助術』(日本実業出版社)、『オールカラー 介護に役立つ! 写真でわかる拘縮ケア』(ナツメ社)、『オールカラー 写真でわかる移乗・移動ケア』(ナツメ社)、『写真で学ぶ 拘縮予防・改善のための介護』(中央法規出版)などがある。
目次
正しく動かせば痛みはなし!
拘縮ケアの基本は「痛みを与えないこと」です。
利用者に痛みを与えると、筋肉が緊張し拘縮を進行させてしまいます。
せっかく、拘縮ケアのために「正しい姿勢・ポジショニング」をしても、介助中に痛みを与えてしまっていたら、かえって拘縮を進ませてしまうことも。
また、筋肉や関節がガチガチの状態の利用者に対して、オムツ交換や更衣介助などの身体介護を行うのは至難の業です。
時間を気にしてつい力任せに介助をしてしまうと、骨折や内出血などのケガをさせてしまうリスクもあります。
筋肉や関節が硬いから身体も丈夫、ということは決してありません。一般の高齢者と同様に、拘縮の利用者も骨がもろかったり皮膚が弱かったりするので、十分に注意する必要があります。
つまり、「拘縮の進行」や「骨折などのケガ」を回避するためには、痛みを与えない正しい関節の動かし方を知ることが重要なのです。
痛みを与えない介助の基本となる「手のカタチ」と「触れる位置」
痛みを与えない「関節の動かし方」をマスターするには、2つの基本を意識しましょう。
2つの基本とは、利用者に触れるときの「手のカタチ」と「触れる位置」。
正しい「手のカタチ」と「触れる位置」をマスターできれば、拘縮ケアだけでなく、すべての介助で痛みを与えないケアができるようになるでしょう。
「手のカタチ」の基本
「手のカタチ」の基本は、「広い面積で力を入れすぎないように触れること」。
そうすると、利用者を傷つけるリスクが減ります。
具体的な「手のカタチ」のポイントは、以下の2つ。
手のカタチ①4本の指をくっつける
1つめのポイントは、「4本の指をくっつけること」。
指が離れているパーの状態で力を入れると、指一本一本の小さい面積に力が集中します。
小さい面積に力が集中すると、より負荷がかかり、利用者の皮膚を傷つける可能性が高まります。
しかし、4本指をくっつけた状態にすると、広い面積で利用者に触れることができます。
広い面で触れると力が分散するため、力の集中を防げるだけでなく、介護者のつき指予防にもなります。
手のカタチ②指の根もとを曲げる
2つめのポイントは、「指の根もとを曲げること」。
手全体を丸くすると、指先に力が入りやすくなり、利用者の皮膚を傷つける可能性が高まります。
しかし、指の根もとの関節だけを曲げ、指全体を伸ばす虫様筋握り(ちゅうようきんにぎり)であれば、指先に力が入りにくくなります。
手のひら全体で利用者に触れることができるため、安全に介助できるでしょう。
「触れる位置」の基本
介助で触れる位置の基本は、「関節」と「骨」です。
やわらかい部位ではなく、関節や骨など突出した硬いところに触れるようにしましょう。
逆に身体のやわらかい部分は、皮膚や皮下組織を傷つけるリスクが高いので気を付けましょう。
とくに、介助中に触れてしまいがちなNG箇所は「太もも」「おしり」「二のうで」の3つ。
太もも:体位変換や起き上がり介助で触れている人も多い部位。やわらかくて皮下組織が傷つきやすい。
→体位変換や起き上がり介助では、ひざや腰に触れる
おしり:重力がかかりやすいため、褥瘡ができやすいデリケートな部位。
→立ち上がり介助などで下半身を支えたいときは、ひざや腰に触れる
二のうで:身体を動かす介助のときに、ついつかんでしまがちな部位。やわらかくて皮膚を傷めやすい。
→体位変換や更衣介助では、ひじや肩に触れる
関節の動かし方①わきを開く
ここからは、実際に関節の動かす方法を部位別に解説します。
最初に解説するのは、わきを開くときに役立つ関節の動かし方。
拘縮でわきが締まっていると、更衣介助などで困ることも多いですよね。
この方法を使えば、安全にわきを開くことができるため、介助の負担も減るでしょう。
1.ひじと肩に手を置き、うでを内側へ動かす
まずは、動かしたいほうのひじと肩に両手を添えます。
身体の内側に向かってひじを軽く押すように、ななめにゆっくり動かします。
最初に内側へ動かす
→いきなり外へ開くと肩の関節が痛み、拘縮が進む
うでを動かすときに、手首を持つのはNG行為です!
手首を持って無理にうでを引くと、骨折する可能性があります。
しかも、上腕の骨がねじれることから、非常に治りづらい「らせん骨折」を起こしやすいので要注意。
手首ではなく、ひじや肩に触れましょう。
2.弧を描くように外側へ動かす
一呼吸おいて、弧を描くイメージでひじを外側へ回転させるようにゆっくり動かします。
3.無理なくわきが開く
無理なくわきが開いている状態になります。
わきが締まっている状態では、うでの筋肉は身体の内側に向かって力が入っています。うでを最初から外側へ引っぱると、力が入っているほうとは逆に動かすことになるので、余計に力が入ってしまいます。
最初に内側へ動かして筋肉の緊張をとってから、外側へ動かしましょう!
関節の動かし方②指を開く
つぎに、指を開くときに役立つ関節の動かし方を解説します。
拘縮によって指を握りこんでしまっていると、入浴や清拭時に手のひらを洗うことができません。手の清潔を保てず細菌が繁殖し、不衛生になるので注意しましょう。
しかし、安全に指を開くことができれば、皮膚の清潔保持にもつながります。
1.3本の指で親指のつけ根を外側へ押すように開く
まずは、開きたいほうの手をやさしく両手で支えます。
握りこんである親指のつけ根を、3本の指で外側へやさしく押すようにして開いていきます。
握りこんだ手は、親指から開く
→小指から開くと強い痛みが生じ、ケガや拘縮の進行につながる
握りこんでいる手を、小指から開くのはNG行為です!
小指は腱を断裂するリスクが高く、無理に開くと強い痛みが生じます。
介護の授業などで「小指から開く」と教わった人もいるようですが、今日からは、親指から開きましょう。
解剖学的に、小指を開くとつられて薬指も開いていきます。この構造を利用して指を開く考えだったのでしょう。
しかし、小指はケガのリスクが高くとても危険!「親指から開く」と覚えておきましょう。
2.少しずつ親指が出てくる
3本の指で、何度か親指のつけ根を外側へやさしく開いていくと、少しずつ親指が出てきます。
3.人差し指で、親指を少し出す
出てきた親指を、もう一方の手の人差し指で少し出してあげます。
4.親指が出ると、すき間ができる
もう一度、3本の指で親指のつけ根をやさしく押すようにしてゆっくり開いていくと、親指が完全に出てきます。
すると、親指が入りこんでいたところにすき間ができます。
5.すき間に親指を入れる
すき間に自分の親指を深く入れます。
十分なすき間がない場合は、ボディソープやハンドソープをすき間に入れて洗ってあげると、少しずつ4本の指が開いてくるので、親指が入るようになります。
6.無理なく指が開く
4本の指を同時にゆっくり開いていくと、無理なく指が開いている状態になります。
親指のつけ根を外側へ開くようにやさしく押していくと、ほとんどの場合つかんでいる物を離してくれるでしょう。
関節の動かし方③ひざを開く
さいごは、ひざを開くときに役立つ関節の動かし方です。
足が拘縮してひざが曲がったまま固まっていると、オムツ交換などの排せつ介助で非常に困ってしまいます。
ひざをこじ開けようとしてもビクともしない……なんてこともありますよね。
正しい方法であれば、少ない力でスムーズにひざを開くことができるので、難なく対応できるでしょう。
1.足先を開く
ひざを開くためには、まず足先を開きます。
内側のくるぶし周辺に両手を当て、ゆっくりと10㎝程度開いていきます。
まず足先を開いてから、ひざを開く
→足先を開くと内股の筋肉がゆるみ、ひざが開きやすくなる
締まっているひざをこじ開けるのはNG行為です!
両足が締まっている場合、内股の筋肉が強く緊張しているため、力を入れてもひざを開くことはできません。無理に開こうとすると、緊張で拘縮が進んだり、骨折したりするので危険です。
ひざを開きたいときは、まずは足先から。足先は、比較的簡単に開きます。
足先を開くと両ひざが内側に入るため、内股の筋肉の緊張がゆるみ、スムーズにひざを開くことができます。
2.足先にタオルをはさむ
開いた足先が戻る場合は、たたんだタオルなどをはさみ、閉じるのを防ぎます。
3.ひざをゆっくり開いていく
ひざの関節に両手を当て、ゆっくり開いていきます。
手は、なるべくひざの骨の硬い部分に触れましょう。
はじめに足先を開いたことで、内股の筋肉がゆるんでいるため、ひざは開きやすくなっているはずです。
4.無理なくひざが開く
無理なくひざが開いている状態になります。
ひざが閉じる場合は、タオルやクッションなどをひざにはさむとスペースを確保できるため、両手で介助を行えます。
田中先生のワンポイントアドバイス
関節の動かし方では「力」と「スピード」の加減について、よく質問を受けます。
「どのくらい力を入れていいの?」
「介助時のスピードはどれくらい?」
と、疑問に思う人も多いのでしょう。
しかし、「5ニュートンの力で……」「1ミリメートル毎秒で……」なんて言っても伝わらないように、「力」と「スピード」は明確な指標を伝えづらい特徴があります。
そこで、少しアバウトではありますが、適切な力・スピードになるように意識できるポイントを紹介します。
大前提は「ゆっくり動かす」
まず、大前提の意識として必要なのが、「ゆっくり動かす」です。
硬くなっている関節を急に動かすのはケガのもと。できるだけゆっくっり動かすことを意識しましょう。
ポイントは「利用者の表情」と「筋肉の抵抗感」
ゆっくり動かしていても、適切かどうか分からないこともあるでしょう。
そこで、次に意識してほしいのが、「利用者の表情」と「筋肉の抵抗感」です。
関節を動かしている最中に、いつもより顔がゆがんだりひきつったりするなど表情に変化があると、痛みを与えている場合があります。
また、ギュッとなるなど筋肉に抵抗感がある場合も適切な力・スピードではありません。
「表情の変化」や「筋肉の抵抗感」があらわれたら、すぐに手を止めましょう。
ここでのポイントは「手は離さず動きだけを止めること」。
手を離すと、振り出しに戻ってしまい、利用者に余計な負担をかけてしまいます。
利用者の負担を減らすために、手は離さずに動きだけを止めて様子を見ましょう。
とくに表情の変化や筋肉の抵抗感がなく、無理なく動くようであれば、適切な力・スピードであることの証です。
そのタイミングで、動きを再開しましょう。
再び表情の変化や筋肉の抵抗感があれば動きを止め、戻ったら動きを再開する、を繰り返しながら少しずつ無理なく動かします。
介護職こそ利用者を支える介護チームの要!困ったときは専門職に相談すべし!
解説した「手のカタチ」で介助すると、どうしても関節を動かせないときもあるでしょう。
それもそのはず。あの手のカタチは、強い力が入りづらい仕組みになっているからです。
もし、基本の手のカタチで動かせないときは、遠慮なくリハビリ職などの専門職に相談してください。
基本の手のカタチを変えて強い力で介助をすると、ケガをさせる危険が高まります。無理はしないようにしましょう。
介護職は、利用者にとって一番身近な存在だと思います。
日頃から利用者をよく観察し把握しているからこそ、小さなことから大きなことまで、どんなことが起きても「だれに相談すべきか」の判断が的確にできます。それは介護職のすごいところだと思います。
私たちは、利用者の生活を支えるためにチームで仕事をしています。そのチームには、介護職だけでなくリハビリ職や看護師、ケアマネジャーなどさまざまな専門職がいます。
しかし、どれだけプロフェッショナルがそろっていても、各々の力が発揮できなければ意味がありません。
つまり、チームをうまく機能させるためには「それぞれの専門職が自分の専門分野で力を発揮できる環境」を整える必要があるでしょう。
そして、その環境を整えているのが、介護職のみなさんではないでしょうか。
介護職の適切な報告・連絡・相談があるからこそ、うまくチームが機能し、利用者の生活は成り立っているのだと感じます。
次回は、寝ているときの拘縮ケア「ポジショニング」について、詳しく解説します。ポジショニングは、とくに筋性拘縮に有効な方法です。ぜひ参考にしてみてください!
参考文献・サイト
- 田中義行監修(2016)「オールカラー 介護に役立つ! 写真でわかる拘縮ケア」株式会社ナツメ社