介護の知識

手術で治る認知症「特発性正常圧水頭症」の症状、治療法

根本的な治療方法がないといわれる認知症ですが、原因疾患によっては、治るものもあります。その代表例が、手術によって治療できる特発性正常圧水頭症(とくはつせいせいじょうすいとうしょう)です。患者数は高齢者の2.3%にあたる76万人にも及ぶと推計されています。(日本正常圧水頭症学会/2016年3月開催より)

最近、「治るタイプの認知症」として少しずつ知られてきていますが、まだまだ認知度が低いのが現状です。ここでは、特発性正常圧水頭症の特徴、症状、治療法について解説します。

監修医 プロフィール

笠間 睦(かさま あつし)
1958年生まれ 藤田保健衛生大学卒業、医学博士/日本認知症学会専門医・指導医/日本脳神経外科学会専門医/榊原白鳳病院 診療情報部長/脳ドックに携わる中で認知症の早期診断・早期治療の必要性を感じ、1996年全国初の「痴呆予防ドック」を開設。2010年から2015年にかけて朝日新聞の医療サイトアピタルにて「ひょっとして認知症?」を執筆

特発性正常圧水頭症とは脳内に水が溜まる病気

特発性正常圧水頭症は、脳の中に「髄液(ずいえき)」と呼ばれる水が異常に溜まることで脳室が拡大して起こる病気です。

髄液は、無色透明な液体。1日に4~5回入れ替わり、いつも新鮮な状態で脳内を流れています。通常、毎日約500mlほど脳室でつくられる髄液は、脳内で循環し、頭頂部で吸収されます。この髄液が、何らかの原因で必要以上に溜まってしまう病気が「水頭症」です。

水頭症は、髄液の流れが悪く脳圧が高くなるタイプと、髄液の停滞や吸収に問題があるものの脳圧は高くならないタイプの2種類あります。このうち、脳圧が高くならない方が「特発性正常圧水頭症」です。

未だ、髄液に異常をきたす原因は不明で、病気そのものの認知度が低いため、有効な治療を受けられている人は少ないのが現状です。

特発性正常圧水頭症の症状

特発性正常圧水頭症の代表的な症状は、次の3つです。

1.歩行障害

特発性正常圧水頭症の最も特徴的なサインで、一番最初に表れやすい症状です。

  • 歩幅が狭くなって小刻みに歩く
  • 足を擦るように歩く
  • ふらふらと不安定な歩行
  • 第一歩が歩き出せない、等

症状が進行すると、立つ姿勢や座る姿勢を保つことが難しくなります。

2.認知機能の低下

特発性正常圧水頭症では、脳室にたまりすぎた髄液が脳の「前頭葉」を圧迫することにより、前頭葉と関連した認知障害が起きます。

  • 記憶障害(アルツハイマー型認知症と比べて症状は軽い)
  • 注意力や集中力がなくなる
  • 思考や作業のスピードが遅くなる
  • ものごとに無関心になる、等

アルツハイマー型認知症と比較すると、特発性正常圧水頭症の方が、記憶障害と見当識障害がより軽度で、前頭葉機能障害がより高度です。しかし、脳血管性認知症レビー小体型認知症では、特発性正常圧水頭症と似た認知障害が見られます。

3.排泄障害

  • トイレが近くなる(頻尿)
  • 尿が溜まっている切迫感を感じながら我慢できなくなり尿を漏らす(尿失禁)

この排泄障害は、3つの特徴の中で一番遅く現れることが多いようです。 

特発性正常圧水頭症の進行スピードはゆるやかで、少しずつ悪化します。歩行障害も、認知症の症状も、「年齡のせい」と思われて、放置されることもしばしばあります。自発性が無くなり、元気がなくなると、老人性のうつ病と誤診されることもあります。

特発性正常圧水頭症の診断方法

CTMRI
脳神経外科神経内科で受診するのが一般的です。ただ、CTやMRIなどの画像検査設備が揃った総合病院であれば、もの忘れ外来等でも診察することが可能です。診察前に、特発性正常圧水頭症の診断が可能かどうか、医療機関に問合せてみると良いでしょう。

検査は、CTやMRIといった画像検査で、脳室が大きくなっていないか確認されます。ただ、脳室が大きくなる現象は、アルツハイマー型認知症でも見られることもあり、画像検査のみでは正確な診断は困難な場合があります。

そこで行われるのが、「髄液タップテスト」(腰椎から髄液を少し抜いてみて、症状が改善するかどうかを試す検査)です。髄液の採取後、2~3日で歩行などの動きが改善した方は「水頭症」と診断され、手術のステップに進みます

特発性正常圧水頭症の手術

シャント

特発性正常圧水頭症の治療は、外科手術で行うのが一般的です。手術の多くは、シャントと呼ばれるチューブを使って行われます。手術の種類は、大きく分けて次の3種類です。

脳室・腹腔シャント

拡大した脳室にシャントを挿し、脳室にたまった髄液をお腹の中(腹腔内)で吸収する方式。頭部、腹部とシャントの通り道の3ヶ所に傷ができます。現在、特発性正常圧水頭症に対する世界標準の術式は、圧可変式バルブを用いた脳室・腹腔シャント術です。

腰椎・腹腔シャント

頭には傷をつけず、腰の部分にある腰椎くも膜下腔にチューブを挿入し、たまった髄液をお腹の中(腹腔内)で吸収する方式。特発性正常圧水頭症に対して、わが国では最もよく行われている術式です。しかし、腰椎が変形している場合など実施が困難な時には、脳室・腹腔シャント術が行われます。

脳室・心房シャント

脳室からのチューブを、心臓にある右心房に挿入し、髄液を排除する方式。敗血症など重篤な合併症の可能性がありますので、腹腔が何らかの理由で使用できない場合に選択される術式です。

手術の結果、70~80%改善する

歩く

上記の手術の結果、70~80%の方が改善するといわれます。特に歩行障害において改善効果が高いです。また、認知機能の低下や排尿障害も、個人差はあるものの改善効果が期待されます。

ただ、アルツハイマー型認知症などを併発している場合、手術をしても認知障害は基本的に残ります。その場合でも、歩行障害が軽減すれば、本人の自主的な活動の幅は広がります。

手術にはタイムリミットあり。見逃さないことが大切!

時計
手術によって治療可能な特発性正常圧水頭症ですが、手術は脳のダメージが少ないうちに実施する必要があります。手術に最適な期間を過ぎてしまうと、手術自体が出来なくなったり、手術の効果が十分得られない場合があります。そのため、早期診断がとても大切です。

しかしながら、仮に手術施行が3カ月遅れても(遅延手術群:3カ月の運動プログラム後に手術を施行)、手術施行1年後の日常生活動作(ADL)改善率の違いは、早期手術群の67%と比べて遅延手術群では58%であったという報告もあります。

前述の通り、特発性正常圧水頭症はまだまだ認知度が低く、精密検査が行われるまで病気に気づかないケースも少なくありません。歩行障害や排尿障害は、特発性正常圧水頭症を見極める上で大きなサインです。「年のせい」と安易に判断せず、異変に気付いたら、早めに専門医療機関を受診しましょう。

参考文献・サイト

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