介護の悩み

利用者家族の本音を引き出して、初めて「いいケア」は生まれる【しろたえの「特養LIFE」】

特養へ入所することは、ご家族の判断で決まります。
ご本人の意思が言葉で確認できないことや、最近では療養型病院の環境よりも生活感のある施設を選択することがほとんどのため、いずれも決断はご家族が行うことが圧倒的に多いのです。
ご家族は罪悪感とまでは言わずとも、「自分たちは介護出来ない、施設にいた方が本人にとって良い生活が出来る」と折り合いをつけながら入所後の生活を見守ります。
ご家族から言われる、施設やスタッフに対する感謝の言葉には、そのあたりの含みもあると思います。
また、職員には言えない本音も、胸のうちに抱え込んでいることがよくあります。

すれ違う介護職員と利用者家族

本人やご家族の本音に気づけないままケアをすることは、一方的な「してあげているケア」になりがちです。
私たち介護職の仕事は「自立支援」なので、いかに本人・またご家族の本音を引き出せるかが鍵となります。
本音から、ご家族の「本人に対する理解度」を見ることも出来ます。

本人やご家族の遠慮を乗り越えた「本音」を引き出すには、工夫が必要です。
今回は、ご家族が介護職と本音で話したことで、自律した生活が送れたAさんのお話をします。

Aさん(80代・女性)は田舎で一人暮らしをしていましたが、パーキンソン病になり、3年後に特養へ入所するまで、ご家族の家で在宅介護を受けていました。
入所して半年を過ぎたころから病状が進行し、誤嚥性肺炎で入退院を繰り返すようになりました。

主治医から勧められた胃ろうをご家族は選択せず、その結果病院から「再発しても受け入れできない」と言われ、施設に戻ってきました。

施設ではご家族に説明したうえで、ミキサー食を提供しました。
ご家族は「見た目が良い方が本人は食べると思いますが……わかりました」と理解を見せました。
しかし数日後、部屋でご家族が栗ごはんを食べさせたことでAさんが窒息しかけてしまう事故が起こります。
それを機に、Aさんは食事をとらなくなってしまいました。
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ご家族の意見、汲み取る努力を

急遽、ご家族と担当者との会議で「安全かつ美味しく食事をする方法」を検討し、嚥下機能検査を進めることになりました。
しかしご家族はAさんに普通食を食べさせることにこだわりがあり、話が進みません。
すると見かねた看護師が、「自分の親なら好きな物を食べさせたいのはわかります。でも私なら、その時は家に連れ帰ります」と言いました。
家族はうつむき絞り出すように、
「預けている家族としては何も言えないですよ。そこまで言われてしまったら」

そう言ったきり、黙ったまま会議は終了しました。

ご家族がこれほどまでに普通食にこだわる理由は何なのか。
そこがわからないままでは話し合いが進まないと考え、ご家族と個別に話を聞いてみました。
「家でも具合が悪くなると、お粥にしても手を付けず、フライとか好きな物は食べていて。好きな物なら食べるんですよね」
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ご家族にもAさんの嚥下機能の状態について理解して頂く必要があると思い、もう一度「Aさんの食事介助方法について」一緒に考えて欲しいとお願いし、話し合いをしました。

ご家族の思いを知らないで、「本当のケア」は出来ない

「家族が希望しても、施設には責任があることもわかる。だから施設の判断に任せて、自分たちがやる分には責任を取ればよいと思っていました。本当は、生活感のある場所で出来る限り普通の暮らしをしてほしい。それを本人が実感できるのが食事なんです」

これがご家族の本音でした。そして、これまでのことが腑に落ちた瞬間でした。

同じようにご家族の思いを感じ取った介護職員も、
「Aさんは家族といる時は頑張って食べていると思う。でも家族の差し入れ(普通食)を介助していると本当に苦しそうで、介助していても誤嚥の再発が怖い。

でもAさんは、家族が買ってきたことがわかるので頑張って食べようとしている……私たちにはそう見える」とこれまで言えなかった思いを伝えました。

家族は職員を見つめ、聴き入っていました。そして、
「本音を言えば、熱が出てもこちらで出来る処置をしてもらえれば良いんです。胃ろうはしないと決めているので、病院に行くと何度も胃ろうをするよう勧められてしまって辛い。でも、ここでこれ以上迷惑かけられないと思い、受診をお願いしていました」と、これまでの気持ちを吐き出してくれました。

ここでご家族の思いが聞けていなければ、また嚥下機能低下について説明し、ご家族を納得させるためだけの話し合いになっていたと思います。
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介護職の本音が、利用者家族の思いを引き出す

ここからは、「Aさんらしく食べる」方法を、ご家族と一緒に探す支援を始めました。
嚥下機能検査の結果、UDF(ユニバーサルデザインフード)の4区分(舌でつぶせる程度)が適当とわかり、見た目も普通食に近い「あいーと」を購入し食べてもらうことになりました。
食べなくなってから1週間の出来事でしたが、あいーとの効果は絶大でした。
それまでは口に入れても飲み込まずにいたAさんが、弱いながらももぐもぐして……。飲み込んだ瞬間、ご家族と職員がハイタッチして喜びました。
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これを機に、職員たちは自分たちの見解を家族に伝えると、家族からも本音が言いやすいのではないかと考えるようになりました。
「自分なら家に連れ帰って食べさせる」といった看護師の発言(言い方にはやや問題がありましたが)や、「家族の差し入れを食べている時は苦しそう」といったことは、職員からは伝えにくいことでした。

しかし、それがご家族の本音を引き出し、結果Aさんにとって本当に考えるべきケアの視点が明確になりました。

同時に、家族にとってマイナスな情報を先に伝え、プラスの情報を加える報告を心がけました。
食事が摂れていないけど、水分は多く摂れた。朝ご飯は食べなかったけど、夕食は全部食べた。見えない施設での生活を、ご家族に伝えるのは介護職の仕事です。
その情報を偏りなく、ご家族に伝えられる工夫が必要です。

コミュニケーションが「いいケア」を生む

その後、「食べたいものを食べ、食べられなくなったらそれが寿命」と考え、施設で出来る処置だけを行い、Aさんは最期まで施設で生活することになりました

そのまま3ヶ月がすぎ、Aさんは発熱もなく穏やかに過ごしていましたが、すこしずつ食べる量が減り、眠っている時間が多くなっていきました。
その日もAさんは、食べたいものを選び、美味しいと食べたあと、ため息ひとつついて
眠るように息を引き取りました
ご家族は「なんだか、本当に食べたいもの食べ続けて良い最期だったでしょうね」と話していました。

利用者家族とのコミュニケーションにすれ違いを感じたら、言葉の裏にある気持ちを探ってみると、新しい展開があるかもしれません。

ABOUT ME
しろたえ
特養のケアマネ。東京出身。高校卒業後、営業職として就職したが、ひょんなことから無資格、無経験で特養の寮母として働くことに。以後20年主に特養で介護職、相談員、介護支援専門員として勤務。特養で働くことが大好きで、その楽しさを様々な人に届けるため活動中。