『介護職のための完全拘縮ケアマニュアル』第3回となる今回は、ついに拘縮ケアの基礎中の基礎と言える「ポジショニング」の解説に入ります。
ポジショニングの知識はとても大切なので、「仰向け(仰臥位)」「横向き(側臥位)」「ななめ横向き(半側臥位)」の3つ体位に分けて、それぞれ詳しく解説していきます。
今回紹介するのは、「仰向け」です。
寝ている姿勢で最も多い「仰向け」のポジショニングは、拘縮ケアの要ですね。
正しいポジショニングをすると、固まった関節や筋肉がゆるむので、普段の介護もラクになります。ぜひ参考にしてみてください!
解説するのは、「介護に役立つ! 写真でわかる拘縮ケア」の監修を務め、全国の研修会や講習会で講師も行っている理学療法士・田中義行先生です。
【解説者プロフィール】
株式会社大起エンゼルヘルプ
理学療法士 田中義行先生
上川病院勤務、江戸川医療専門学校(現東京リハビリテーション専門学校)講師、介護老人保健施設 港南あおぞら勤務を経て、現職に至る。
認知症患者の身体拘束廃止活動を原点とし、現在は、障害者の身体構造・生理にかなった介護法や拘縮を防ぐ介護技術を全国の研修会・講演会で伝え、現場での指導に力を入れている。
著書・監修書に『潜在力を引き出す介助 あなたの介護を劇的に変える新しい技術』(中法法規出版)、『これから介護を始める人が知っておきたい介助術』(日本実業出版社)、『オールカラー 介護に役立つ! 写真でわかる拘縮ケア』(ナツメ社)、『オールカラー 写真でわかる移乗・移動ケア』(ナツメ社)、『写真で学ぶ 拘縮予防・改善のための介護』(中央法規出版)などがある。
目次
拘縮ケアの基礎中の基礎である「ポジショニング」
筋性拘縮の根本原因は、寝たきり。
仰向けなど同じ姿勢のままでずっと横になっていると、重力に対して姿勢を保つために働く「抗重力筋」が過剰に影響し、筋肉が縮んだり身体が反ったりして拘縮につながります。
要介護度が高かったり、拘縮が進んでいたりすると、ベッドで過ごす時間は多くなりがち。
そのため、寝ているときの姿勢を見直すことは拘縮ケア・予防の最短の道のりといえます。
それでは、筋肉の緊張がゆるむ正しいポジショニングの方法を確認しましょう。
片マヒなどの部分拘縮の場合は、動ける部位も多いので、がっちりポジショニングをするのは逆効果。
「寝たきり」で全身が拘縮している、全身拘縮になるおそれがある場合に行いましょう。
まずは全身で確認!仰向けのベストポジショニング
仰向けのベストポジショニングは、上記のイラストの通り。
下記の5つのポイントを意識しながら、ポジショニングをしましょう。
- 首のうしろにすき間がない
- 肩が内側に入り、両肩甲骨が開いている
- 腰が反っていない
- ひざを立て、ひざ裏にすき間がない
- 肩と骨盤がそろって背骨にねじれ・傾きがない
このポジショニング、今まで行っていたポジショニングとまったく違うと感じる人もいるのではないでしょうか。
正しいポジショニングとは、抗重力筋の影響が強い背中側の緊張をできるだけ減らすこと。
どうして拘縮が起こるのかという拘縮の原因としくみを知ることによって、おのずと正しい方法がわかってきます。
それでは、ついやってしまいがちなNG例とともに詳しく解説します!
改善していないのであれば、なぜ改善しないのか、現状の方法に疑問を持つことが大切です。
ポイント①首のうしろにすき間がない
首の正しいポジショニングは、首のうしろにすき間がないこと。
まくらが首のうしろまで当たっていないと、すき間ができ、首のうしろの筋肉が緊張します。
次第に首が反り返り、あごが天井に向かって突き出てきます。首とつながっている背中側の筋肉も過剰に緊張するため、腹筋が働きにくくなり、口が閉じられなくなります。
口が開いているので口内が乾燥し、菌が繁殖して口腔内の問題にも発展していきます。
口腔トラブルは誤嚥性肺炎のリスクも伴いますので、すぐに正しいポジショニングをしましょう。
首のうしろにすき間ができないように、まくらを深く入れる。
たったこれだけで首や背中の緊張がゆるみ、腹筋が活性化し、呼吸も楽になります。
首は、一番身体への影響が強いと言っても過言ではないほど重要な部位なので、しっかりとケアしましょう。
利用者さんは、つらくてもつらいと言えない状態。
想像や今までの常識でケアをするのではなく、体感することによってより理解が深まります。
ポイント②肩が内側に入り、両肩甲骨が開いている
肩の正しいポジショニングは、両方の肩甲骨が外側に開いている状態にすること。
寝たきりによって背中側の筋肉が緊張すると、肩甲骨が内側に引っぱられ、胸が開いた状態のまま背中の筋肉が固まってしまいます。
筋肉の緊張をやわらげるには、その逆、つまり肩甲骨を外側へ開いてあげましょう。
肩の下にクッションやタオルを入れると、両肩が前方へ引き出され、肩甲骨が外側へ開きます。
利用者の身体を動かすときは、拘縮ケア第2回の記事で紹介した「関節の動かし方」を活用し、安全に行いましょう。
今よりも少し肩が高くなるだけでも、十分効果は出るでしょう。
肩の下にすき間があるのはNG
肩の下にクッションを入れるときは、「ひじ」よりも「肩」を優先して支えることを意識してください。
試してもらうとわかりますが、肩に支えがないほうがつらく感じます。クッションやタオルの長さが足りない場合は、肩を優先して支えましょう。
わきを開かせるためにクッションを入れるのはNG
今までは「わきが締まっている利用者には、わきの下にクッションを入れる」というケアを行っていた人も多いのではないでしょうか。
実は、この「わきを開かせるためにクッションを入れる」行為、NGなんです。
無理やりわきの下にクッションを入れると、余計に肩甲骨が背中側で内側に寄ってしまい、拘縮がさらに進んでしまいます。
「わきが締まっているから開かせる」という発想ではなく、「拘縮の原因である重力の影響や筋肉の緊張を緩和させる」という発想のもとケアを行いましょう。
誰でも、緊張すると筋肉がこわばり、リラックスすると筋肉がゆるみますよね。
拘縮で身体が硬くなっている人には、筋肉の緊張をやわらげることを意識しましょう。
ポイント③腰が反っていない
腰の正しいポジショニングは、腰の下のすき間をなくすこと。
人は足を伸ばした状態で仰向けになると、腰の下にすき間ができやすくなります。拘縮によってひざ関節に制限があったり、骨盤が前方に傾いていたりすると、より顕著に腰が浮いてしまいます。
腰の下にすき間があると、支えが少なく不安定になり、背中側の筋肉が緊張します。拘縮が進んでしまうので、すぐに正しいポジショニングをしましょう。
ひざを深く曲げると、骨盤がうしろに傾いて安定するため、腰の下のすき間をなくせます。それでは、手順を解説しましょう。
手順①片足をもって、ひざを深く曲げる
まずは、片足のひざとかかとをもち、足のつけ根を深く曲げます。
深く曲げることによって、固まった下肢がスムーズに動きやすくなります。
負担を少なくするため、必ず片足ずつ行いましょう。
手順②ひざ下に大きなクッションを入れる
ひざの下に大きなクッションを置き、曲げた足をのせます。
手順③反対側のひざも深く曲げる
反対側のひざも同様に、深く曲げてクッションにのせます。可能な範囲で左右のひざの角度をそろえましょう。
さいごに、腰の下に手を入れてすき間がないかチェックします。
すき間がある場合は、ひざの角度が浅いのかもしれません。ひざは、90度をめやすに深く曲げましょう。
ポイント④ひざを立て、ひざ裏にすき間がない
ひざの正しいポジショニングは、ひざをしっかり立て、ひざ下のすき間をなくすこと。
腰のポジショニングのところで、腰の下のすき間をなくすために両ひざを立てる方法を紹介しました。そのとき、ひざの下にすき間がないかよく確認しましょう。
ひざ裏にすき間があるのはNG
ひざ裏にすき間があると不安定になり、足の筋肉が緊張して拘縮につながります。
大きなクッション、もしくは小さなクッションや座布団、タオルなどを組み合わせて、すき間なく埋めましょう。
複数のクッションやタオルを使うときは、まずはしっかりとおしりにクッションを当てて、すき間に惜しみなくクッションやタオルをつめ込みましょう。
拘縮ケアは、すき間を埋めることが大切です。
やわらかいクッションは沈んでしまうため、かためのクッションがおすすめです。
無理に足をのばすのはNG
曲がったまま固まっているひざをみて「マズイ!」と感じ、一生懸命ひざをのばしている人もいるのではないでしょうか。
実は、この「無理にひざをのばす」行為もNGです。
無理にのばしたとしても、関節に制限のある利用者のひざをまっすぐな状態にすることはほぼ不可能。ひざは中途半端な角度で止まります。
そのまま放置されると、健常者でもかなりつらい状況になります。しかし、利用者は「つらい」と言えないので、ひたすら耐えなければいけません。
不安定な状態では筋肉が緊張するため、次第に両ひざがくっつき、そのまま固まって股が開かなくなっていきます。
無理に足をのばさないだけでも、くっついた両ひざが開くようになることもあります。
ぜひ、実践してみてください。
利用者にとって楽な姿勢とは、両ひざをしっかり立てること。
良かれと思って行っていたケアが、実は拘縮を助長する原因となっていた、という可能性もあります。
この行為だけでなく、今までの方法が本当に適切かどうかをきちんと見極めていくことは、とても大切です。
体圧測定器を使って両ひざを立てた状態をはかると、仙骨部に2.5倍ほど圧が高まるため、避けられてきました。しかし、この側定時にはクッションが使用されていなかったのです。
クッションを使用すると、下肢の圧がクッションで分散されるため、褥瘡の心配は少なくなります。
ポイント⑤肩と骨盤がそろって背骨にねじれ・傾きがない
全身の姿勢で大事なのは、ねじれ・傾きがないこと。
肩や腰などがななめになって背骨がねじれていたり、左右の肩と骨盤を結ぶ線が平行でなく、傾いていたりすると、強い苦痛を感じます。
見た目で明らかにねじれ・傾きがわかる場合は、すぐに直しましょう。
短時間であれば耐えられるかもしれませんが、長時間となると、全身の筋肉が痛くなってくるはずです。
寝たきりの人は自分で姿勢を直すことも痛みを訴えることもできません。
ねじれ・傾きを早期に発見できるよう、常に意識しておきましょう。
ねじれ・傾きを放置するのはNG
たまに片ひざだけ曲がったまま固まっている利用者を見かけませんか?
なぜ片足だけ曲がったまま拘縮するのか。
その原因は、背骨のねじれ・傾きの放置にありました。
たとえば、骨盤の高さがズレてねじれがある場合、背中側がつらくなってきます。
この背中の痛み、片足を立てると少し緩和されるのです。
そのため、無意識かもしれませんが痛みをやわらげるために徐々に片ひざが曲がっていきます。そのままねじれを放置すると、曲がったまま関節が固まります。
これが、ねじれ放置による拘縮のしくみです。
片ひざが固まっている場合のねじれ解消法
それでは、片ひざが曲がったまま固まっている場合、どうすればいいのでしょうか。
その対処法を解説します。
まずは伸びている方のひざを曲げ、両ひざを立てた状態にします。
左の骨盤が高い「ねじれ状態」の場合、ひざは自然と右側に傾いています。
両ひざに手を添え、傾きをなおすように背骨がねじれていない正しい位置へゆっくりと動かします。
これでねじれが解消されます。
ポイントは、ねじれをとった後に足を伸ばさないこと。
ねじれ解消後は、両ひざを立てた状態のままひざ裏にクッションを入れて、ポジショニングしましょう。
しかし、あらかじめ正しい骨盤の位置を把握していないとその判断はとても難しいでしょう。
見た目でわからない場合は、リハビリ職に確認してもらったり教えてもらったりするといいですね。
要チェック!ポジショニング後は効果の確認をしよう
正しいポジショニングを行うと、早くて5~10分後、長くても30分後には身体に変化が見られます。
ポジショニング後は、正しいポジショニングができているかどうか、利用者の身体の変化を確認しましょう。
変化①口が閉じ、表情がゆるんでくる
首のうしろにすき間があると、首が反って口が開き、表情筋がこわばります。
正しいポジショニングで頭・首をきちんと支えると、首の反りを解消され、開いていた口が自然に閉じ、こわばっていた表情がゆるんできます。
表情筋がゆるむと表情がはっきりしてくるので、コミュニケーションもとりやすくなるでしょう。
変化②手指の力が抜けてくる
肩甲骨が寄って背中側が過度に緊張すると、手首や指が曲がったまま強くにぎり込んだ状態になります。
正しいポジショニングで肩を支えると、肩甲骨を開いて筋肉の緊張がゆるみ、手指のにぎり込みが自然と解消されます。
拘縮のある利用者さんは言葉では伝えられないけれど、身体で表してくれています。「つらい」「楽」といった利用者さんの思いを見逃さないようにしましょう。
田中先生のワンポイントアドバイス
解説した方法が今までのケアとまったく違う場合、戸惑ってしまうこともあるでしょう。
たとえば、わきではなく肩にクッションを入れる方法に対して「わきを開かせないと汗で蒸れて、皮膚トラブルになるのではないか」といった意見をもらうこともあります。
果たして本当に汗で蒸れてしまうのでしょうか。
実際に試してみるとよくわかります。片方のわきをぎゅっと締めた状態でひじをななめ前へ動かしてみてください。
もう片方の手でわきを触ってみましょう。
密着していたわきの部分に空間ができていませんか?
ひじをななめ前に動かすと肌と肌が接触する部分は圧倒的に減り、逆に蒸れは解消されるのです。
「何のために介護をするのか」をあらためて考えてみる
今までの方法と異なると、無条件に不安になるのもよくわかります。
けれど、不安要素ばかりを考えて躊躇するのではなく、実際に自分で試してから判断してみてほしいと思います。
「不安だから行わない」だけでなく、この記事を読んで「田中さんが言ったから行う」のもよくありません。
拘縮のしくみや原因を学んで「正しい」と思えたり、自分で体験してみて「今までよりも楽」と感じたり、利用者に試してみて「以前より効果があった」と実感できたり……学んで、体験して、効果を実感して、納得したうえで行ってほしいのです。
今、目の前の利用者に対してどのような目的をもって介護をしていますか?
「介護をすること」そのものが目的になっているとしたら、もう一度「何のために介護をするのか」を考えてみてほしいと思います。
私は、「利用者の生活をできるだけ良い状態で継続させること」が介護の専門性だと思っています。そのゴールをめざしたとき、今までの方法が適切か否か、どんな方法が最適なのか、判断していけたらいいのではないでしょうか。
参考文献・サイト
- 田中義行監修(2016)「オールカラー 介護に役立つ! 写真でわかる拘縮ケア」株式会社ナツメ社