東京都八王子市にある「グループホームゆらり並木」。
前回の記事では、ゆらり並木の施設内や働く職員の声を紹介しました。
この記事では、ゆらり並木のホーム長である金子直樹(かねこ なおき)さんにゆらり並木の特徴やグループホームの魅力、ホーム長としてのやりがいなどをお伺いしました!
目次
「1日の流れを決めないこと」で職員の対応力と主体性を伸ばす
___グループホームゆらり並木には、どのような特徴がありますか?
金子直樹さん(以下、金子):特徴は大きく3つあります。
1つめは、「1日の流れ(予定)を決めない」こと。
「今日は天気がいいから」などの理由で、お散歩に行ったりドライブに行ったり、外出の予定をその日に決めています。
先日も、たまたま近くに上皇后の美智子様がいらっしゃっているという噂を聞いた職員が、急きょお散歩レクを企画しました。
外出後、車で通られた美智子様を拝見できたそうで、みんなで喜んだそうです。
___それは金子さんの許可を得たうえで、ですか?
金子:いいえ。この日、私は休みでした。私がいなくても、職員は自分で判断し実行できます。
私は「職員がやりたいことを実践できる施設にしたい」と考えています。大がかりなものは難しいですが、お散歩や近場へのドライブなどいつも行っているようなことであれば、職員の判断に任せています。
もちろん、安全面には十分に気をつけてもらっていますよ。
___予定を立てず、その日に実行できるのはとてもすごいですね!
金子:実は、「ゆらり並木」でも少し前までは決まったタイムスケジュールに沿って行動していました。
しかし、そのような環境では臨機応変に対応する力が備わりづらいため、徐々に予定通りにしか行動できない職員が増えていってしまったのです。
さらに、時間を守ることだけに意識が向かいすぎると、利用者さんへの適切な支援が行えなくなる場合もあります。
___職員が育たないだけでなく利用者さんにも不利益が起こる、ということでしょうか。
金子:その可能性はあります。
大規模な施設であれば、時間通り行動しなければまわらないこともあるでしょう。
しかし、小規模なグループホームは予定通りいかなくても、なんとかなります。
たとえば、12:30までに昼食の支度を終わせなければいけなかったとしても、利用者さんと一緒に作って遅くなったのなら、13:30になってもいい。食事の支度の時間になったとしても、利用者さんが何かを求めていたり訴えたりしていたときは、利用者さんを優先してほしいのです。
グループホームは、利用者さんの生活の場。だからこそ、時間を守ることより「利用者さんにとって生活しやすい環境づくり」を意識してほしいと思いました。
また、時間で決まっていると「この時間は、これをやればいい」と思考が停止しがちになり、職員のやりたいことが出てきにくい環境でもありました。
そこで、今までのやり方を反省し職員の主体性を高めたいという思いも込めて、ガチガチのタイムスケジュールをなくし、職員の判断に任せる部分を増やしました。
___自分の裁量が増えると、やりがいも増えそうですね。
金子:そうですね。基本的に、利用者さんは外出すると笑顔が増えます。自分が提案したことによって利用者さんが笑顔になるので、職員はやりがいを感じてくれているのではないでしょうか。
私は、職員に「ここにいてもいいんだ」って思ってもらえる場所にしたい。
そのために、意見が通りやすくなって、やりがいが増えていく環境を整えているところです。
資格の有無関係なくやりたいことを提案・実行できる環境が自信につながる
___職員のレベルも高そうですね。
金子:実を言うと、うちは資格を持っている職員は少ないんです。
グループホーム全体をみても、特別養護老人ホームなどと比べると有資格者は少ないのではないでしょうか。
無資格だと、知識的な部分で不足していることもあります。けれど、みんな本当によく動いてくれている。
無資格や未経験のときは、みんな不安です。不安を抱えていると、なかなか自分から行動しづらいものです。不安な状態が続くことで、働きづらさにつながる可能性もあります。
しかし、うちでは、無資格者も自信をもって働いてくれているように感じます。
資格の有無関係なくやりたいことを提案・実行してもらっているので、「無資格だから」という理由で働きづらさを感じることは少ないのかもしれません。
どんな人も引け目を感じずにどんどんチャレンジしてもらって、「こんなこともやっていいんだ」と思ってもらえたらうれしいですね。
徐々に自信が出てきて、やりがいにつながってくれればいいなと思います。
___働きやすい職場なんですね!
金子:そう感じてもらえていたら、うれしいですね。
グループホームは、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などと比べて、給料が低い傾向にあります。
そんな待遇でもがんばってくれている職員に対して私ができることは、働きやすい環境を整えること。そのために、今後も努力していきたいと思います。
「日中はカギをかけない」を維持するために、根本的な問題を見極めて解決していく
金子:2つめの特徴は、「日中はカギをかけない」です。
たいていの施設では、玄関にカギをかけていると思います。しかし、うちは遅番が帰るまでの日中の間はカギをかけないで過ごしています。これは、運営法人のライフヘルプサービスの方針なので、ゆらり並木以外の事業所も同じです。
「カギをかけない」のは、できるだけ閉鎖的な空間にしたくないから。
もちろん、安全面を考えて利用者さんがひとりで自由に外に出ることはできません。だからと言って、外に出ようとしたときにカギがかかっていると閉じ込められた気分になりますよね。
可能な限り利用者さんに嫌な思いをさせないようにしようと、「カギをかけない」方針が決まりました。落ち着いている利用者さんが多い状況もあって、今のところ大きな事故もありません。
___本当にみなさん落ち着かれていますね。もし、出ていかれそうな利用者さんが入所されたら、どう対応されるのですか?
金子:ひとりで出ようとする利用者さんが増えても、カギをかけない方針は維持していきたいと思っています。
なぜなら「カギをかける」のは、根本的な対処にはならないと思うからです。
そもそも、利用者さんの外に出ようとする行為には、必ず理由がある。「なぜ外に出たいのか」を考え、その理由を把握し、違うアプローチからその思いを満たしてあげられれば、ひとりで外に出ようとする行為も減ると思っています。
___その通りだと思います! けれど、実践するのは難しそうですね……。
金子:簡単にはいきませんよね。だから、職員にまかせっきりにはしません。
けれど、職員にもそのような考え方でケアをしてほしいので、「一緒に考えよう」と伝えています。
これは、ほかの事故が起きたときも同じですよね。
根本的な問題を見極め、解決してあげないと、結局また同じような事故を繰り返してしまう。
だから、「考える時間」はとても大切なんです。
管理者は、勤務時間の自由度は高い。忙しいとはいえ「考える時間をつくる」ことは可能ですし、時間をつくるのも管理者の仕事のひとつだと思います。
難しいことではありますが、十分に職員のフォローができるようにまずは自分で考え、そして職員と考え、解決策を見つけていきたいと思います。
「『ダメ』と言わない支援」で、居心地のいい環境を提供
金子:3つめの特徴として、「『ダメ』と言わない支援」をしています。
ゆらり並木では利用者さんに対して、基本的に「ダメ」とは言いません。
「(職員の負担が増えるから)あれをしちゃダメ、これをしちゃダメ」と言うのは、利用者さんにとって良い環境ではありません。
私は、できるだけ利用者さんに快適に過ごしてほしいと思っています。職員だけでなく、利用者さんにも「ここにいていいんだ」と思ってほしい。
だから、閉鎖的ではなく明るく開放感のある空間にして、居心地のいい環境を提供していきたいですね。
グループホームに限らず高齢者施設は、少なからず閉鎖的なイメージもあると思います。外からは見えないこともあるので、職員はつい自分の都合の良いように行動してしまいやすくなってしまう。先に話した「カギをかける」行為もこの閉鎖性を助長します。
だからこそ「利用者さん目線で考えて、自分がやられて嫌なことはやらないで」と、職員に伝えています。
小規模だからこそ、その人にとって本当に良いケアを考え、実行できる
___グループホームの魅力を教えてください。
金子:グループホームは利用者数も職員数も少ない、小規模な施設です。
小規模だと、利用者さんにとっては、アットホームで家庭的な環境で過ごせます。職員の顔を覚えやすく、安心感を抱きやすいのではないでしょうか。
職員にとっては、小規模であることでより密なケアができます。
50人のうちのひとりではなく、9人のうちのひとりなので、関係性も深まります。
___より密なケアとは、どんなことでしょうか?
金子:本当にその人のことを考えたケア、いわゆる「自立支援」です。
うちは、「利用者さんができることは利用者さんにやってもらう」という自立支援の考え方でケアをしています。
たとえば下膳のとき、利用者さんによっては皿を落としてしまう可能性もあります。
皿の中身がこぼれて床が汚れてしまうリスクがあっても、利用者さんに下膳をする能力があるのなら、やってもらっています。
もし途中で箸が落ちたとしても、その人に拾える能力があるのなら、拾ってもらいます。
このとき、職員には利用者さんが転びそうになったときに備えて、一緒に歩いて見守ったり、支えたりしてもらいます。
「その人にはまだ能力があるから、見守ってあげて」と、職員に伝えています。
ハラハラするときもありますが、基本的に近くで見守ったり支えていたりすれば、利用者さんがケガをするのを防げます。
利用者さんの人数が多いと、一人ひとりを近くで見守ったり支えたりすることはできないと思いますが、1ユニット9人であるグループホームではそれができる。
小規模だからこそ、その人にとって本当に良いケアを考え、実行できるのです。
ほかのグループホームが同じかどうかはわかりませんが、それはグループホームの良さのひとつだと思います。
グループホームは「思いやり」と「忍耐力」のある人向き
___どんな人がグループホームに向いていると思いますか?
金子:「思いやり」と「忍耐力」のある人が向いていると思います。
グループホームは、認知症の方のみが利用できる施設です。
認知症は、記憶力が低下して何度も同じことを言ったり、自分の欲求や感情が抑えられなくなったり、さまざまな症状が起きます。
失敗することも増えていくので、相手を思いやって寛容に見守れる人がいいですね。
叱責したり、せっかち気味に対応したりしてしまうと、利用者さんは萎縮してしまうでしょう。
認知症という病気は多くのことを忘れてしまいますが、嫌な感情は残りやすいと言われています。利用者さんからすると、「よくわからないけれど、なんとなくこの人嫌だわ」という気持ちになるんですね。
だから、おだやかな気持ちで見守れる人が向いていると思います。
___忍耐力はどんなときに必要だと思いますか?
金子:利用者さんはどんどんできないことが増え、できたとしてもすごく時間がかかったり、30%の出来だったりします。
簡単に言えば「職員がやったほうが圧倒的に早い」と思う場面が増えていきます。
でもそこをグッとこらえて、利用者さんのできることに着目してほしいと思います。
たとえば、利用者さんに居室の床を掃除してもらったとします。本人はきれいに掃除したつもりだと思いますが、実際は全然できていません。
そのため、そのあと職員が再びきれいに掃除をし直します。
単純に二度手間ですよね? でも、それでいいのです。
利用者さんに掃除をしてもらうのは「床をきれいにするため」ではなく、認知機能の低下を防ぎたいから。
きれいにならないから二度手間になるからと、本人から掃除の機会を奪ってしまえば、そのうち掃除ができなくなるでしょう。お願いしても、どうしたらいいのかわからなくなります。
「掃除をお願いされれば、歩いて床を掃ける」という今できている機能に着目し、手間であっても、その機能を維持できるような支援をしていくことが大切だと思います。
「自分で考えてやる」ことは大きな学び・経験になる
___金子さんの経歴を教えてください。
金子:最初は、ホテルのバーのバーテンダーとして10年ほど働いていましたが、バーが閉鎖したのを機に、介護業界に転職しました。
グループホームで約6年、有料老人ホームで1年半ほど勤務したあと、現在の職場であるゆらり並木に就職。主任として採用され、約3年後に管理者になりました。
早いもので、ゆらり並木に入職して7年が経ちます。
___職員と接するときに気を付けていることはありますか?
金子:職員がミスをしたとき、怒らないようにしています。
ミスは誰でもするもの。注意することは必要だと思いますが、反省の色が見えれば強く言ったり、怒ったりはしないですね。
___どうして怒らないようにしようと思われたのですか?
金子:「言われたから」「怒られたくないから」を理由に行動してほしくないんですよね。自分だったらそんな風に働きたくないと思います。
「自分で考えてやる」ことが本人にとって大きな学び・経験になると思っているので、その妨げにならないように、管理者である自分の言動は意識しています。
だから、職員が「自分で考えたこと」に関しては、基本的に「ダメ」と言いません。利用者さんと接するときと一緒ですね。
利用者さんがケガしたり危ないと思ったりする要素がなければ、私からみて「失敗するかも」と思うことでも、ダメとは言いません。
もちろん、「こうなる可能性や難しいところもあると思うけれど、やってみたいと思うのであれば、挑戦してごらん」と、アドバイスはしますよ。
それを本人が受け止めて挑戦した結果、失敗したとしても責めることはありません。
___アドバイスをして案の定失敗しても、ですか?
金子:失敗は悪いことではないと思っています。
一時的に仕事が増えたり、他人の協力が必要になったり、手間が増える可能性はあります。けれど、それ以上に失敗して反省することでしか手に入らない経験もあります。その経験は自分の引き出しとなって、次の機会で活かすことができるでしょう。
そのような環境に職員みんなが慣れてくれれば、働きやすいと感じてもらえるのではないかなと思っています。
喜怒哀楽を出して、生きたいように生きてほしい
___金子さんのやりがいは何ですか?
金子:やっぱり……「利用者さんの笑顔」ですね。
管理者だから、数字的な部分で満床にしたらうれしいなどもありますが、やはり「利用者さんの笑顔」には敵いません。
だから、利用者さんにはたくさん笑顔になってほしい。もっと言うと、笑顔だけでなく喜怒哀楽すべてを出してほしいと思っています。
___喜怒哀楽を出して大丈夫なのですか?
金子:大丈夫です。
利用者さんは24時間ここで生活しているので、たまには利用者さん同士でケンカになることもあります。
一方的に言われていたり、手が出そうになっていたりする場合は止めますが、口喧嘩であれば止める必要はないと考えています。
止めてしまうと、本人の気持ちの収拾がつかなくなってしまうかもしれません。言いたいことが言えない環境というのは、ストレスが溜まってしまいます。
だから、利用者さんが口喧嘩しているときは、できるだけ仲裁はせずに近くで見守るスタンスです。
本人が生きたいように生きられる場所にしたい。その環境を整えてはじめて、心からの笑顔を見られると思っています。
___さいごに、全国の介護職員へメッセージをお願いします。
金子:そうですね……。介護は、大変ですよね。
けれど、私はバーテンダーに戻りたいとは思いません。できれば、ずっとグループホームで働きたいと思っています。
利用者さんとの関係って、友達などのプライベートの人間関係と同じだと思うんです。相手を知れば知るほど、自然と優しくなれる。
もっと笑ってほしい、もっと長生きしてほしいと思います。
どんどん興味がわいて生活歴や生きてきた歴史を知っていくと、「こんな風に生きてきたのなら、こう接したほうがいいかもしれない」と思い、その人への接し方も変わっていきます。
グループホームは、そんな一人ひとりに合わせたケアが行える環境だと思います。
私は、そんなグループホームが好きです。
これからもここで、がんばっていきたいと思います。
編集後記
認知症の利用者さんが穏やかに落ち着いて過ごす姿から、金子さんのすごさが伝わります。職員・利用者さんを本当に大切に思いできることを考え実行しているため、みなさんから厚い信頼を寄せられている様子が伺えました。
上司との人間関係ややりたいことができない環境で悩んでいる方は、本当に自分が活躍できる場所はどういうところなのかを考え、探してみてもいいかもしれません。
※この取材記事の内容は、2019年4月に行った取材に基づき作成しています。