あっという間に2018年も半年が過ぎました。
うららかな気候の春から、じめじめとした梅雨を経て、太陽の日差しを肌いっぱいに感じる夏本番へと移り変わっていく……そんな季節なのではないでしょうか。
今日は、音楽療法によって認知症の方が変化したことについて、お伝えします。
目次
施設で個別音楽療法を実施したふたりのエピソード
介護施設には、さまざまな目的があります。無期限で入所できる施設や、自宅へ帰宅することを目的とする施設、家族の休息や他の施設に移るまでの一時的入所を目的とした施設など、多岐にわたります。
私の勤務する施設は、家や病院で過ごしていた方がリハビリを受け、次の場所に移る手助けをする中間地点のような役割を担っています。家に帰る利用者さんもいれば、認知症対応型グループホームや特別養護老人ホーム、介護付き有料老人ホーム、病院など……さまざまな施設に移っていく方もいます。
自宅や次の施設へ移るため、職員は、利用者さんが入所されたときの身体機能の維持に努め、心理面のフォローをします。次の場所に移るときはより落ち着いた状態・良くなった状態で移っていただけるようにと目標を持ち、それぞれの部門でサービスを提供します。
私の施設にいらっしゃったあるふたりの利用者さんがいます。
ふたりとも、各ユニットでの集団音楽療法とは別に、個別の音楽療法も実施していました。
ふたりの共通点はアルツハイマー型認知症という疾患のみです。同じ病気であっても、性格や生活していた環境、認知症の進み方も異なるので、それぞれの出来ることと出来ないことも違います。
私は、そんなふたりの音楽療法を実施していて不思議な共通点に気がつくことになります。
まずは、ふたりの音楽療法に関するエピソードを紹介します。
廃用症候群や記憶障害が改善!トラブルが減って、明るくなったAさん
ひとりめのエピソードは、病院から私のいる施設に入所された90代後半・女性のAさんのお話です。
Aさんは、3ヶ月以上にわたる入院を経て施設へと入所されたため、はじめはベッドから起き上がるのにふたり介助が必要となるぐらい全身の筋肉が低下していました。さらに、食欲がなく、寝ている時間が多い状態でした。いわゆる廃用症候群と呼ばれる状態です。
Aさんは、もともと音楽が好きで、コーラスをやっていたそうです。ドイツ語とイタリア語でそれぞれの国歌を歌っていたり、歌っているときの回想を頻繁にされるという情報から、担当の理学療法士・言語聴覚士と話し合って、個別音楽療法を実施することになりました。好きな音楽を活用して起きている時間を増やすことで体力を養い、活気を取り戻そう作戦のひとつです。
音楽療法を実施しはじめたころは最後までドイツ国家を歌えませんでした。
しかし、活動が進むごとに思い出し、歌うことができるようになったり、Aさんから回想エピソードを伝えてくれる場面が増えたりするという変化があらわれます。それに伴い、「自分がどこにいて、今日は何日で……」といった自分の置かれている状況を判断する機能である見当識(けんとうしき)が向上したり、記憶障害に改善が見られてくるようになりました。
見当識障害や記憶障害は、認知症でも見られる症状ですがAさんは、廃用症候群の症状として見当識障害や記憶障害が現れていたと考えられます。
歌唱活動を通し、過去の回想などを行ったことで、脳への快刺激となり、低下していた見当識障害や記憶障害が改善したと思います。そのため、勘違いや思い込みが減少し、音楽療法を実施する以前に見受けられた、他の利用者さんとのトラブルや、スタッフへの攻撃的な態度が減るという結果が生まれました。
音楽療法で自分の変化を体験したあと、Aさんは「音楽が私の忘れていたことをパーッと思い出させてくれた。昔のことを思い出して幸せな気持ちになった」と話していました。
進んでいく認知症に不安になるも、脳への刺激によって記憶がよみがえったBさん
ふたりめのエピソードは、自宅から入所された90代前半・女性のBさんのお話です。
Bさんは、もともと不安感が強い方でしたが、日々の生活の中で不安を訴えることはなく、穏やかに過ごされていました。他の利用者さんとの交流も多く、集団での音楽療法場面でも積極的に発言をしながら取り組まれています。
穏やかに過ごされるBさんでしたが、認知症は進んでいき、生活に変化があらわれます。
「みんながどこにもいないの」と言いながら、夜中に自室から出てこられたり、今まではわかっていたトイレの場所がわからなくなったり……と少しずつ、しかし確実に今まで出来ていたことが出来なくなっていきました。
また、それに伴ってBさんの活気が低下しているように、私たちスタッフは感じていました。「わからないこと」への不安を抱えているBさんの様子が、活気がない姿に結びついたかもしれません。
Bさん自身の口から「不安」や「心配」といった言葉を聞いたわけではありませんが、Bさんの中で確実に変化が起きています。スタッフ間で話し合った結果、そのような状態のBさんには、何かしらのサポートが必要であると判断しました。そして、個別音楽療法の開始をすることになります。
集団音楽療法では、自分の体験を語ることはなかったBさんですが、個別音楽療法では、さまざまなエピソードを語ってくれました。踊りが得意でよく学校時代には先生に指名されて踊ったこと、子どもたちとの思い出、自分の生まれ育った故郷の思い出など……楽しそうに語ってくれるため、どんどん馴染みのありそうな曲を提示することもできました。
歌うという活動を通し、情動の表出や意欲、自律神経などに関与する大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)や、記憶を司る海馬(かいば)を刺激し、記憶がよみがえってきたのだと考えられます。
Bさんは過去のエピソードを思い出すことで、「昔は良かったな」とつぶやかれることがあります。一見ネガティブな発言のようですが、「昔は良かったな」と感じられることで今の自分を受け入れようとされていたのではないかと私は思います。
ふたりの共通点とは……
以上が、音楽療法を通して変化したふたりのエピソードです。
冒頭で紹介した、私が気づいたふたりの共通点は「回想」です。
回想を促そうと思って、音楽療法を実施していたわけではなかったので、私から曲に関してやふたりの思い出を問いかけることはしませんでした。ですが、ふたりとも自然な流れで回想したエピソードをお話をしてくださったことから、上記のような結果につながったのではないかと感じています。
回想後のケアが重要
アメリカの精神科医であるロバート・バトラー氏が提唱した回想療法は、認知症の方にとって良い効果を生むものだと発表されています。音楽を用いた回想ではなくても懐かしい映像や写真、話題などでも回想することを手助けできます。そして、回想することでさまざまな効果を生み出します。
ですが、思い出したことが認知症の方にとってどんな意味を持つのかを考えることも介護者にとっては大切かもしれません。思い出したくない記憶や思い出してしまったことによって、不安が強くなったり、怒りの感情が出てくることも多くあるからです。(参考になる事例が載っている記事はこちら)
「回想」によってご本人の穏やかな日々につながるのかどうかは、その関わり方によって変わると思います。
つまり、「回想」の後、介護者がどのように関わるのかも重要なのです。
認知症の方が「回想」した結果をどのように受けとめ、受け入れようとしているのかを理解し、サポートすることが私たち介護者には必要なのではないでしょうか。