入所施設の中では比較的利用者の入れ替わりが少ない特養は、利用者と介護職員が感覚的に非常に近い距離にいます。
職員が固定配置されているフロアやユニットでは、日々同じ利用者を見ていれば大体のことはわかってきます。食べ物や飲み物の好み、好きなテレビ、好みの枕の高さやトイレのタイミング……。
それぞれ職員が見て集めた情報を元に、継続的なケアを提供していくのが、施設介護職員の仕事です。
目次
難攻不落!不機嫌な利用者に職員タジタジ
特養で出会った、とあるおばあちゃんの話をします。
Kさん(女性 93歳)は早くにご主人を亡くし、女手ひとつで一人息子を育て上げた苦労人。
物忘れが始まっても、なんのその!で息子家族の気遣いを断り続けた結果……1人暮らしが心もとなくなるほど記憶力が弱くなり、息子家族や近所の方の尽力で施設にやってきました。
自宅から離れたKさんはその胸中を誰かにぶつけることなく、日々淡々と暮らしているようでした。特養に馴染むことへの抵抗なのか、不機嫌な顔でぶつぶつ言いながら1人で歩き、誰とも話さずご飯を食べ、早々に部屋へ帰ります。
何とか介入したい職員は、Kさんに「タオルたたみ」をお願いしました。それはKさんの日課になり、「お願いします」「はいよ」と会話らしいものが出来るようにはなりました。
しかし入所から三月たっても、日常不機嫌なKさんはお風呂もトイレも職員を頼りません。
一人暮らしは薄々無理だと感じていたけれど、シモの世話にまではなるまいと頑張ります。
そんなKさんの態度に、他の入所者から辛辣な発言も出始めました。何とか解決したい職員はあの手この手で介入しようとしますが、「ひぃ――――っ!!」と一喝され、追い出されてしまいます。
気持ちが変わればケアは変わる!
「こりゃいかん」と事態を重く見た職員一同。
フロア一番のベテラン介護職員のAさんを筆頭に、さてどうやってお風呂に入れさせてもらうか、トイレ介助をどうするか、と考えます。
「1人で入ってもらおうか」「いや転んだ時はどうするか」「だましだまし風呂場に行って……」「それじゃ怒らせるだけでしょ」これ以上考えても良いアイディアは浮かばない……そう思っていると、そこにいた普段口数の少ないS君がぼそっと言いました。
「Kさんて、いつもダイコンダイコンて言ってますよね。どういう意味ですかね?」
「え―――――!!!」
意味より何より、そんなことほんとに言ってたの!?と一同驚愕!!
すぐにKさんがタオルをたたんでいる横でそれとなく耳をそばだててみると、
「ダイコン、ダイコン、これダイコン」
と確かに言っています!しかもリズミカルに言っています!!
それを知ったら黙っておられず、フロア職員に伝えます。「Kさん、ダイコンって言ってるよ!S君の言う通りだよ!」
日頃の報・連・相の悪さは一体どうしたのか。電光石化でフロア職員に伝わると、Kさんの「ダイコン」はトレンドトップになりました。
「今日は機嫌悪そう、ダイコンのリズムが早かった」
「昨日はご機嫌でニンジンたべる?って!」
「さっきはきゅうりもついてきた」
みるみるKさんのエピソードが職員からあふれ出してきます。
職員たちは、いつも不機嫌でどう関わっていいかわからなかったKさんの「素敵なダイコンエピソード」を機に、彼女のことが大好きになっていたのです。
するとこれまで何度言ってもKさんを怒らせていた「Kさん、トイレ行きますか?」という一言にも、Kさんはニコニコしながら「ダイコンね」と自然に職員の後を歩き、一緒にトイレに行くようになりました。
「Kさんは、今日お風呂ですよ、ダイコンで行きましょう」と言えば、Kさんは「ダイコン、ダイコン、おナスにキュウリ」と答えながら自然にお風呂に入るようになりました。
真のチームワークとは……
Kさんにとって施設の暮らしが居心地悪かったのは、職員の影響も大きかったのでしょう。笑顔で暮らせるようになったのも、職員の変化にあったのですから。
「どうしたら介助に入れるか」その答えだけを追い続けていたら、S君が見つけたKさんの素敵なダイコンエピソードを聞き流していたかもしれません。
チーム全体で同じ方向を見て考えることは大切ですが、それぞれが同じものを見ている必要はないのです。
利用者の情報共有がチームケアの鍵ですが、「何を見て、何に気づいているか」。
わかっていると思っていても、話し合ってみると意外なエピソードがでてくるかもしれませんね。