2015年にはじまった、介護福祉士の上位資格である認定介護福祉士。
介護福祉士のキャリアアップとして、教育や他職種連携で高い能力を発揮できる民間資格です。
創設間もないことや受験資格のハードルの高さ、膨大な研修時間などの理由から、資格取得者数は全国でわずか28名。かなりハードルの高い資格となっています。
その難関を突破し、28名のうちのひとりとなった、認定介護福祉士である松川春代(まつかわ はるよ)さんに話を伺うことができました!
実際の認定介護福祉士の研修や資格取得後の変化、現在の仕事内容など、認定介護福祉士の魅力が存分に伝わる内容となっています。資格取得を迷っている方はもちろん、介護職として一歩踏み出したい方は、ぜひ読んでみてください。
また、松川さんが働くデンマークイン新宿の施設長・辻よね子さんにもお話を伺いました!
目次
ゆくゆくは法人全体の教育担当へ……理事長の言葉で決心した資格取得への道
___松川さんの職歴を教えてください。
松川春代さん(以下、松川):介護の経験は、通算すると23~24年になります。
最初は、介護保険が始まる前に老人ホームのリハビリ助手として働きはじめました。
その後、夫の転勤のため退職。
リハビリ助手の経験から、介護は難しい仕事だけどやりがいがあると感じ、いつか介護業界に戻るために通信教育で介護の勉強をしていました。子育てがひと段落したころ、デイサービスで介護業界に復帰。2~3か所のデイサービスで介護職を経験しました。
ある日仕事仲間から、私の家の近くに介護老人保健施設が設立することを聞き、今の職場であるデンマークイン新宿を知りました。
家事などの主婦業との両立のため、近所のデンマークイン新宿のデイケアに介護職として入職。しばらくすると、介護職と相談員を兼務することになりました。
相談員の仕事柄、地域の人やケアマネジャーとの関わりが増えたので、知識を得るために介護支援専門員や社会福祉士の資格を取得しました。
老健デイケアで7年ほど勤めて、入所フロアに異動になり8年目を迎えます。
現在は介護科の副科長として、現場のヘルプに入ったり、教育に携わったりしています。
___なぜ認定介護福祉士を取得しようと思ったのですか?
松川:ある日突然、理事長に呼ばれ「松川さんちょっと研修に行ってきてくれない?」と勧められたことがきっかけです。
実は、認定介護福祉士については、当時あまりよく知りませんでした。
理事長からは、「ゆくゆくは法人全体の教育担当になってほしい。そのために認定介護福祉士の資格取得をしてほしい」旨を伝えられました。
当時は主任をしていたので、教育などのマネジメントをするうえで、学ばないとわからないことが多いと実感していました。また、老健は、医師や看護師、リハビリ職などの他職種連携が大事な環境でもあります。学びたいと思っていた教育や他職種連携の知識が得られる機会をもらえたことに感謝し、認定介護福祉士にチャレンジすることを決めました。
つらい研修をともに乗り越えた仲間が財産
___認定介護福祉士を取得するまでの過程で、大変だったことはありますか?
松川:そうですね……膨大な量の「事前課題」が大変でした。
認定介護福祉士の研修では、「事前課題を提出し、集合研修で講義を受講し、小テストを受け、事後課題の提出」でワンセットとなっており、これが繰り返されます。
事前課題では、たとえば「職員間の意見の食い違いを現場のリーダーとしてどのようにして良い方向へと導くか」というようなテーマの課題がでます。
介護職で意見の食い違いが起きたとき、どちらも間違っていないケースもあります。最終的には、利用者さんの視点に立つところを落としどころにして解決することができますが、その視点に気づけたり、そこまで導いた過程を説明する必要があります。
つまり、自分の経験をベースにして、より深く考えさせるような内容となっているため、一つひとつの課題で膨大な時間を要します。受講生のなかには、ひとつの事前課題に200時間かかった人もいました。
ほかにも、骨や筋肉の知識が記載してあるリハビリの本を一冊を渡され、その本から小テストが出されることもありました。
実際の小テストの内容は、専門職ほど難しいものではありません。しかし、範囲など何も言われずに本を渡されるので、「こんなに覚えるのか……!」と面食らいましたね。
___想像以上に大変そうですね……。
松川:はい。事前課題だけではなく、月に1~2回、土日に行われる集合研修にも苦労しました。だいたい10~18時まで講義を受講するので、その日は必ず休みを取る必要があります。
この研修以外の休みの時間で、事前課題と家のことをしていたので、ほとんど休み返上で励んでいました。
といっても、私は東京在住なので、恵まれているほうです。
受講生のなかには北海道や熊本県在住の方もいたので、集合研修のために時間とお金をかけて東京に来る人もいました。
私と同じように、施設から資格取得を勧められた人であっても、環境が変わり、人手不足になって、現場にいてほしいと言われる人もいます。受講生一人ひとり、それぞれの理由から大変な思いをしていたと思います。
___資格取得まで、多くの苦労を経験したのですね。大変なときは、どうやって乗り越えたのでしょうか?
松川:一緒に受講していた仲間の存在に助けられました。
最初は400時間と言われていた研修でしたが、あとから200時間追加され、合計600時間となりました。すべて受講し終えるまで5年ほどかかりましたが、受講生のときは、いつ終わるのかわかりませんでした。
「いつまで続くのだろう」と苦しい時期もありましたが、受講生みんなで励まし合うことで乗り越えることができたと思います。
受講生のなかには、特別養護老人ホームや障害者施設などさまざまな施設形態に勤めている人や主任や経営者などいろいろなポジションで働く人がいました。
同じ「介護」の仕事をしていても、施設やポジションによって異なることも多々あるので、みなさんと話すことは大きな刺激となりました。
違いがあるとはいえ、悩むことはだいたい同じ。
人手不足やノロウイルス・インフルエンザなどの感染症、制度改正に対する悩みを共感しあえることも楽しかったです。
人とつながっていくことは、財産になると思います。
私は、認定介護福祉士に挑戦するとき、目的のひとつとして「仲間を増やそう」と決めていました。
実際に研修を通して仲間ができ、今でも、介護保険に関することや現場でのさまざまな工夫など私の知らないことを教えてもらっています。
法人全体で評価制度を推進する担当に!理事長の言葉が現実になったいま
___松川さんの現在のお仕事内容を教えてください。
松川:私は、介護科全体をサポートする立ち位置にいるので、人がいないときに声をかけてもらい、ヘルプに出ています。資格取得後はフリーの時間をもらう割合が増えたので、全体を見て、そのとき必要な仕事をフォローしています。
さらに、2018年9月から、介護プロフェッショナルキャリア段位と呼ばれるキャリアアップ制度を法人内で普及させる担当者となりました。
うちの法人は、約350人の介護職員がいます。
キャリア段位推進の担当者として、介護職全員がキャリア段位を取得できるようなシステムと共にOJTを進めていけるよう関係者と話し合ってつくっています。
介護プロフェッショナルキャリア段位制度とは
松川:キャリア段位制度とは、平成26年度まで内閣府によってすすめられ、平成27年度からは厚生労働省に移管し、実施されている公的な評価制度です。
介護職員の知識やスキルを評価し、7段階でレベル認定します。(現段階ではレベル4まで)
介護職員の中には、無資格者の人もいれば、専門学校で国家資格を取得して現場に入った人、いろいろな施設を経験したベテラン職員などさまざまな人がいます。しかし、介護業界における仕事の有能さとは、一概に資格や経験、知識で判別できるものではありません。
そのため、それぞれの施設や企業によって評価にバラつきがありました。
バラバラだった評価指標を統一するために、キャリア段位制度によって共通のものさしがつくられ、自分の位置を正しく認識することができるようになりました。
自分の位置を正しく認識できれば、伸ばしていくべきこともわかります。
たとえば、入浴介助ができているのに、「入浴介助の基本とは?」と聞かれると答えることができない介護職員は意外と多いです。
この方の次のステップは、言葉で説明できること。介助ができるのに言葉にできないのは、身体や経験で理解しているからです。言葉でも認識してもらえるように導き、言葉にできるようになったら、評価されます。できないことができるようになって、評価されれば、自信につながりますよね。
キャリア段位によって、自信を得られ、さらに上を目指せるのでモチベーションになります。
独自ではなく公的な評価制度なので、転職時に伝えることができるといったメリットも大きいです。
法人内の多くの介護職員にチャレンジしてもらえるように、今後がんばって推進していきます。
その人の暮らしを良くするため、医療・リハビリなどの多角的な視点で捉えることが可能に
___認定介護福祉士を取得する前と後で、変化はありましたでしょうか?
松川:資格取得前は、介護職としての視点だけで利用者さんを見ていました。
資格取得後は、利用者さん側の視点や医療・リハビリなどの視点からも見ることができるようになり、多角的な視点で利用者さんのことを考えられるようになりました。
介護はチームで行う仕事です。ひとつの問題に対して、介護職の視点だけで考えてしまうと、解決が難しくなったり、他職種とトラブルが起きることもあります。
介護職の考えだけに偏らず、他職種が思い描く視点を予測することは大事な能力です。
視点だけではなく、介護職側が考えるケアをスムーズに他職種に伝えられ、利用者さんのためになるような建設的なアプローチも可能になりました。
利用者さんやそのご家族に対しても、根拠を持って伝えられるようになり、普段の介護の仕事だけでは到底得られないスキルだと実感しています。
そのほかにも、北欧研修に参加させてもらうなど、活躍の場が広がったように感じます。
___北欧研修ですか?
松川:はい。資格取得後、日本介護福祉士会から声をかけてもらい、デンマークやスウェーデンなど海外の介護が学べる北欧研修会に参加しました。
驚いたのが、北欧の訪問介護の回数です。
日本の訪問介護では、1日に3回程度を限度にヘルパーが訪問すると思います。
一方、北欧の訪問介護では、1日に20回訪問することも可能なのです。これは、ポイント介助と呼ばれ、1回のサービス時間が5~10分と短いので、実現できています。
そのような情報を知って終わりではなく、日本の介護業界でも必要だと感じたので、提案しています。
さまざまな知識を学ぶことで、独居生活が困難になっている高齢者に対して施設への入所を勧めるだけではなく、独居でも暮らしていけるように、北欧のシステムを導入したらどうかなどの提案ができるようになりました。
高齢者の暮らしがよくなる発想を持てるようになり、それを言葉にして提案できることは大きなメリットだと思います。
資格取得がゴールではない。学び続けて、使命を果たす
__他の介護職員に、認定介護福祉士をおすすめしたいと思いますか?
松川:個人的には、ぜひ取得してほしいと思います。
認定介護福祉士を取得するためには、たしかに多くの苦労をともないます。しかし、それ以上にたくさんのことを学べます。
介護の仕事は、学び続けることが大事だと思います。
いろいろな介助のパターンがあったり、利用者さんやご家族もさまざまな人がいたり、介護保険も変わっていきます。
介護は、これからもどんどん変わっていくと思うので、変化についていくことが大切です。
学び続けるために、認定介護福祉士のような研修は最適だと思います。
昔は、介護職のキャリアップとしてはケアマネジャーになる選択肢しかなかったように思います。私は、ケアマネの資格を取得しても、ケアマネになろうとは思いませんでした。
なぜなら、介護職が好きだからです。介護が楽しくて、仕事に誇りを持っています。
だから、私自身が介護職として力を付けていく必要があると感じています。
認定介護福祉士の資格を取得したことがゴールではなく、取得後どう活躍していくかが問われていると思います。
___今後は、どんな風に活躍していきたいですか?
松川:まずは、いま担っているキャリア段位を活用しながら、OJTを推進していく役割を全うしたいと思います。
さらに、地域でも力になれたらいいなと思います。
職場のあるこの地域では、自治体の方や学校・大学の関係者と防災に関するネットワークつくって、災害に関する勉強会をたくさん開催しています。
災害に強いまちをつくっていくために、介護の専門職である私たちに意見を聞いてもらえることもあります。
その際は、災害のときに気を付けたいお薬に関する工夫や車いすの動かし方などをアドバイスしています。
施設に関わっていなくても、助けを必要とする高齢者はたくさんいます。
地域のひとりとして、その地域に関わる施設として、できることをやっていきたいです。
認定介護福祉士の資格取得者には、それぞれの使命があると思います。経営者になる人や教育者になる人もいるでしょう。
私の場合は、法人の教育と地域の方のために少しでも力になれることを使命として、頑張っていきたいと思います。
社会に必要とされ、期待されているからこそ、介護職員の真価が問われる
___仕事で悩んでいる介護職員に、アドバイスをお願いします。
松川:現場の仕事で得たものは、必ず血となり肉となり骨となります。
しかし、現場だけで満足せず、学び続けていく姿勢が大事だと思います。
現場は忙しいので、勉強会や困難事例のカンファレンスをする時間がないのもよくわかります。けれど、その環境に慣れずに、「みんなで学んでいきましょう」という雰囲気つくっていくことが必要ではないでしょうか。
5分でもいいので、申し送りの前に認知症についての知識を発表するなど、積極的に関わっていくことで、職場の雰囲気は全然変わってくると思います。
___どのような学びが必要でしょうか?
松川:介護職は、幅広い分野の知識を得る必要があります。
いまは国が地域包括ケアシステムを推進しており、社会的にも高齢者を在宅で支援する方向になっているので、在宅の生活を支える知識が求められています。
在宅生活を支えるためには、身体介護だけではなく薬の管理やご家族のケアなど多岐にわたる知識が必要です。
それは、訪問介護やデイサービスといった在宅サービスの介護職だけではなく、施設の職員も、いち地域の関係者としてお手伝いする必要があると思います。
介護サービスを利用している・いないに関わらず、高齢者にとっては、私たちが一番身近な社会福祉の専門職になる可能性もあります。高齢者から見れば、施設の職員も在宅の職員も関係ないので、いろいろなことを知っていることは大切です。
私たち介護職は、だれよりも利用者さんの生活に密接にかかわっている職種です。深くかかわっているからこそ代弁機能の役割は大きく、介護職の果たすべき責任はおおいにあります。
介護は、昔はお嫁さんがやっていた仕事といわれ、社会的地位は今もそんなに高くはないことを実感している人も多いでしょう。しかし、下を向く必要はありません。
確実に社会に必要とされ、期待されている仕事になっています。
介護のような、生活をつくる、クリエイティブな仕事は、とても奥が深いです。
一人ひとりが学び続けて、介護職の専門性を高めることで、社会的地位や風潮も変わっていくのではないかと思います。
___さいごに、全国の介護職員に一言お願いします。
松川:いろいろな見方がありますが、海外から見ても日本の介護は優秀だと思います。
税金が高く福祉の充実している海外の国でも、その実介護サービスが一元的に行われており、選択肢が少ないのが特徴です。
日本では、高齢者の多様なニーズに応えるために、保険外サービスや訪問入浴といった多くのサービスを展開し、実際に対応しています。
ひとつの施設の中でも、多様なニーズに応えるためのサービスを提供しているところは少なくないと思います。
多様なニーズに応える素晴らしい経験値・対応力が備わっている日本。
その日本の介護を築いてきたのが、まぎれもなく介護職員のみなさんです。
ぜひ誇りを持って、これからも活躍してほしいと思います。
編集後記
全国でわずか28名の認定介護福祉士・松川春代さんに話を伺いました。
優しい雰囲気をまといながらも、話す内容は論理的かつ情熱的。信念を持って生き生きと介護の仕事をしていることが伝わってきました。
認定介護福祉士の研修で得たものは、知識だけではなく、介護職としての自信と誇りもあるのではないかと感じます。
学び続けることは、自分の財産となります。
自分のケアや考えに自信がない方は、認定介護福祉士などの資格取得を通じて学ぶ機会を得てみてはいかがでしょうか。
一人ひとりの向上心が介護業界の発展につながり、よりよい職場環境へと変化していくことを願っています。
※この取材記事の内容は、2018年10月に行った取材に基づき作成しています。